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東京高等裁判所 昭和46年(行コ)39号 判決 1973年10月30日

控訴人 川崎南税務署長

訴訟代理人 吉川明弘 外五名

被控訴人 民族歌舞団わらび座

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実関係についての陳述並に証拠の提出、援用及認否は、以下に付加するものを除く外、すべて原判決事実摘示の通りである。

<証拠関係省略>

理由

一  控訴人が昭和四二年四月二八日付で被控訴人の昭和四一年五月分の入場税額を金五万二千八百八十円とする決定をし、その通知がその頃被控訴人に送達されたこと、被控訴人が昭和四二年五月二十六日控訴人に対し右決定につき異議の申立をしたところ、右申立は審査請求とみなされ、東京国税局長が昭和四三年五月十三日右請求を棄却する旨の裁決をし、裁決書謄本が同月三十一日被控訴人に送達されたこと及控訴人のした上記決定が、昭和四一年五月十七日川崎市立市民会館において行われた「おれたちの山」及「豊作を呼ぶ太鼓」なる歌舞の公演は被控訴人の主催にかかる催物であつて、右公演において入場者から領収された入場料金についての入場税の納税義務者は被控訴人であるとの控訴人の認定に基きなされたものであること、以上の事実は、当事者間に争のないところである。また、上記の期日及場所において上記の歌舞が公演され、入場者二千三百二十七名から入場料金(税込)として一人当り金二百五十円、総額金五十八万一千七百五十円が領収されたとの事実は、被控訴人の明かに争わないところである。

二  然るところ、被控訴人は、上記歌舞公演の主催者は、被控訴人ではなく、「わらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会」である旨主張するので、まづ右主張について判断する。

被控訴人提出にかかる<証拠省略>によれば、昭和四一年五月十七日川崎市立市民会館において行われた歌舞構成詩「おれたちの山」及民族舞踊集「豊作を呼ぶ太鼓」を出物とする被控訴人及いちよう座の合同公演に観客を誘致するためのチラシ、ステツカー、パンフレツト等に右合同公演の主催者として「わらび座いちよう座合同川崎公演実行委員会」なる名称が表示されていること、右実行委員会への参加の勧誘を内容としたチラシが「わらび座いちよう座合同川崎公演実行委員会準備会」なる名義で作成され、右準備会の構成メンバーとして「川崎文化会議、京浜協同劇団、東海労音、横浜労音、神奈川うたごえ実行委員会、神奈川我々の文化演劇をすすめる会、日本民主青年同盟川崎市委員会、新日本婦人の会川崎支部、民主文学同盟川崎川鉄支部、川崎平和委員会、東京労音神奈川川崎ブロツク、川崎医療生協、京浜協同劇団友の会、川崎民主商工会、大師診療所」が掲げられていること、実行委員会の活動状況の報告、実行委員会の会議への参加の呼掛け、観客誘致のための活動方法の説明等を内容とする各種のチラシが実行委員会名義で作成されていること、上記合同公演の出演料その他の事項について実行委員会と被控訴人との間の契約書が作成され、また右合同公演を実施するために必要な予算の概要を記載した書面が作成されていることが認められ、更に、<証拠省略>によれば、右渡辺が実行委員会の事務局長に、また、千葉が実行委員会事務局の専従職員にそれぞれ就任し、本件合同公演の実施に協力したことが認められる。然しながら、右認定の諸事実から、直ちに、本件合同公演の主催者たり得る実質を備えた被控訴人主張のような実行委員会なる団体が実際に存在し、且右実行委員会が本件合同公演を実際に主催したとの事実を断定することはできないものといわなければならない。

即ち、まづ被控訴人主張の実行委員会が本件合同公演の主催者として入場税の納税義務者たる団体であり得るためには、その目的や名称の外、その事務所の所在、その構成員が誰であるか、意思決定機関や執行機関の組織権限、構成員による出資その他団体の資産関係が明かであり、且これらの基本的事項を定めた規約の存在が必要であると思われるのであるが、上記の諸証拠その他本件に顕われたすべての資料によつても、被控訴人主張の実行委員会についてこのような規約が存在したとの事実は、これを認めることができない。然のみならず、

1  被控訴人主張の実行委員会の事務所については、原審証人渡辺定市の「川崎市宮本町やぎビル二階の倉庫様の一室で、川崎市の共産党の市民生活相談所が責任をもつている部屋を借受けて、これを事務所として使用した」旨の証言があるだけであつて、被控訴人が実行委員会との間の本件合同公演の出演料その他の事項を定めた契約書であると主張する<証拠省略>には、右実行委員会が合同公演の主催者として表示されてはいるものの、右渡辺証人の証言にかかる事務所の表示はなく、単に契約締結者として表示されている渡辺定市の自宅の住所が記載されているに止り、また、右甲号証以外の上掲各甲号証その他本件に顕われたすべての資料について見ても、渡辺証人の証言にかかる場所を実行委員会の事務所として表示したものは皆無であつて、渡辺証人の上記証言部分は俄に措信し難いものといわなければならない。

2  被控訴人主張の実行委員会の構成員、意思決定機関や執行機関の存在とその組織権限については、本件に顕われたすべての資料を綜合してもこれを明かにすることができない。もつとも、前掲甲号証中には実行委員会の委員長として三井三郎の氏名を掲げたものがあり、また、前掲渡辺及千葉両証人の証言中にも右三井三郎が委員長に選任され、実行委員会の会議にも出席して就任の挨拶をした旨の部分があるけれども、<証拠省略>と対比し、右甲号証の記載及右両証人の証言部分はたやすく措信し難く、却つて右乙号証によれば、三井三郎は、当時昭和石油株式会社労働組合の川崎支部長で、神奈川県化学産業労働組合連絡会議議長及全国石油産業労働組合関東地方協議会委員長をも兼ねていたのであるが、本件合同公演の開催前、かつて昭和石油労働組合の初代本部委員長であつた旧知の原太郎(被控訴人の総委員会委員長たる代表者)から電話で本件合同公演開催の当日挨拶をして貰いたい旨の依頼を受け、招待券二枚を郵送されたので、やむなく当日菓子折を持参して招待券によつて会場に入場し、祝辞を述べたに過ぎないのであつて、合同公演の主催者が何人であるかを知らず、従つて被控訴人主張の実行委員会の委員長となることを引受けた事実もないことが認められる。なお、被控訴人が実行委員会との間の出演契約書であると主張する<証拠省略>には、実行委員会の委員長であるべき筈の三井三郎の記名押印はなく、却つて前記渡辺定市の契約締結者としての記名押印があるに過ぎないことからも、三井三郁が被控訴人主張の実行委員会の委員長たることを承諾したとの事実がなかつたことを窺い知ることができる。而して本件に顕われたすべての資料によつても、被控訴人主張の実行委員会を代表すべき人物が他に存在したとの事実はこれを認めることができない。

3  本件合同公演が被控訴人の主張するように、その実行委員会によつて主催されたものであるならば、公演の実施について必要な経費の調達方法や、実行委員会による収支の経過及収支の決算の結果を明かにする資料が存在すべき筈であるが、かかる資料が存在し、又はかつて存在したとの事実については、これを認めるに足りる証拠はなく、この点に関する渡辺及千葉両証人の証言も甚しく曖昧であつて到底これを措信することができない。

以上認定の事実によれば、被控訴人主張の実行委員会については、その組織機構等の基本を定めた規約もなく、その事務所の所在や、その責任者たる代表者の何人であるかさえも不明なのであつて、右実行委員会が実際に本件合同公演を主催したか否かを問題にするまでもなく、まずその団体としての存在そのものが疑問であるといわなければならない。なお、本件合同公演が実行委員会によつて主催されたとの被控訴人の主張にも拘らず、右実行委員会によつて本件合同公演についての入場税法第二一条の規定による催物の開催申告書及同法第十条の規定による納税申告書の提出がなされたことがないとの事実も(この事実は、本件口頭弁論の全趣旨から明かである。)実行委員会なる団体の存在そのものを疑わせる一証左ということができよう。

三  次に<証拠省略>並に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人は当初原太郎を中心とする少数の者によつて組織された移動劇団として発足したが、かねてから日本共産党の指導に服し、各地に残る民謡の編曲編集による歌舞曲を創作し、これを各地において上演することによつて都市労働者と地方農民との結合、連帯感の育成を図り、労働者及農民を中心とするいわゆる人民大衆を組織化することによつてわが国の社会の革命化といわゆる民主化を実現することを究極の目標とし、その時々における日本共産党の運動方針に従つて、各地における公演の際には観客の誘致を通じて同時に日米安全保障条約、米軍基地、日韓条約等に対する反対、ベトナム反戦等の政治的宣伝を行つて被控訴人のこれらの活動に対する支持者、同調者の動員と組織化を図り(いわゆる文工隊活動)、昭和三八年中には中国、北朝鮮及北ベトナムに座員を派遣してこれらの国々における公演活動をも行つたこと、他方被控訴人の構成員たる座員は次第に増加し、現在においては、二百名を越える多数となり、秋田県仙北郡田沢湖町に本拠を有する団体となり、被控訴人の創作にかかる歌舞の公演の際には、各地におけるいわゆる労音の例会等を利用する一方、都市における公演の際には実行委員会方式なるものを採用することによつて広汎な観客の動員と組織化を図つてきたこと、而して右にいう実行委員会方式なるものは、各地における公演が実際上は被控訴人自らが主催して行なうものであるに拘らず、恰も地元で結成された実行委員会、後援会等と称する団体が主催して行うものであるかのような形式を取ることによつて、多数観客の動員を図るとともに、併せて入場税の賦課徴収を回避することを目的とした被控訴人による自主公演の一形式であつて、これを各地における実際の運用状況について見ればおよそ以下の通りであること、即ち、公演の際における出物の外、公演の日取りや開催地は、被控訴人において予め統一的に企画決定し、右企画に従つて、公演開催の数箇月前に被控訴人の座員を先乗りのオルグとして開催予定地に派遣し、公演会場の確保、会場の借上に伴う予約金の支払をし、また、会員券と称する入場券や、出物の紹介、解説、被控訴人の活動目的等を説明するための各種印刷物の手配をする等の準備行為、入場券の前売金の回収等をさせると同時に、地元の日本共産党又は日本民主青年同盟の所属員その他のいわゆる活動家の協力を得させ、右オルグがこれらの協力者の中心となつて地元所在の労働組合その他の公私の団体や個人を訪ねて入場券とともに上記の印刷物を配布して観客の動員、いわゆるオルグ活動を行わせるのであるが、これらの活動はすべて被控訴人の名においてではなく、実行委員会が公演の主催者であるとしてその名において行わせ、且被控訴人の名においてはもとより、実行委員会の名においても、入場税法の定める各種の申告、申請等は一切これをせず、公演当日における所轄税務署職員による税務調査に対しては、公演関係者をしてこれ回避又は妨害する等の行動を取らせ、一貫して納税拒否の態度を取つていること、およそ以上の事実を認めることができる。<証拠省略>中以上の認定と牴触する部分は、前掲の証拠と対比して俄に措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。而して<証拠省略>を綜合すれば、

1  本件合同公演において上演された「おれたちの山」及「豊作を呼ぶ太鼓」は、いずれも被控訴人が昭和四十年中に被控訴人わらび座の創立十五周年を記念するため、いちよう座との合同公演の出物として企画したものであつて、右二種目のうち前者は山形県北村山地方における基地斗争なるものを主題としたものであること、

2  川崎市市民会館における本件合同公演を始め、昭和四十一年中に相次いで東京都内十七会場において行われた一連のわらび座いちよう座合同公演は、いずれも外部に対する関係では地元における合同公演実行委員会又は民族歌舞団わらび座後援会主催名義で行われたが、各地における公演会場の使用申込者はすべて被控訴人の座員であつて、申込者の住所としては被控訴人の東京事務所及電話番号が表示され、本件川崎市における合同公演については、被控訴人の座員である牧野嘉代子がいわゆる先乗りのオルグとして川崎市に派遣され、同人名義で川崎市教育委員会宛市民会館使用許可申請がなされ、使用許可も右牧野宛になされていること(なお、牧野嘉代子が被控訴人派遣のオルグとして観客の動員に従事していたことは、被控訴人提出にかかる<証拠省略>によつてもこれを窺うことができるのであつて、<証拠省略>によれば、右牧野は、地元の協力者とともに折柄争議中の日本通信機械株式会社の労働組合に合同公演の会員券の売込に赴いていることが認められる。)、

3  本件合同公演に引続いて前記東京都内十七会場において行われた合同公演の入場券のうち、九会場関係のものには、他の会場関係のものと同様に、発行者として民族歌舞団わらび座後援会の名義が表示されているに拘らず、「民族歌舞団わらび座之印」なる被控訴人の角印が押捺されていて、これらの入場券の実際の発行者は被控訴人であること、

4  本件合同公演を始め前記東京都内各会場で行われた合同公演の当日、税務調査のために会場に赴いた所轄税務署の職員に対し、嫌がらせを行い、暴言を吐く等の公演関係者からの調査拒否又は調査妨害の行動が見られたこと、

5  被控訴人は、当初、本件合同公演を始め、前記東京都内各会場で行われた合同公演及昭和四十年十一月二十五日横浜市内横浜文化体育館で行われた公演についても、被控訴人の外所轄の十八税務署長を共同被告として訴を提起したのであるが、原審昭和四十五年二月十日午前十時の第七回口頭弁論期日において控訴人を除く爾余の税務署長に対する訴を取下げ、これらの税務署長の管轄に属する入場税については、その後無申告加算税を除いた本税の納付を行つたこと、

およそ以上の事実を認めることができる。<証拠省略>中以上の認定と牴触する部分は、前顕の証拠と対比してたやすく措信し無く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、以上認定の事実に、さきに第二項において認定した事実を併せ考えれば、本件合同公演も、被控訴人のいわゆる実行委員会方式によつて行われたのであつて、その主催者は被控訴人に外ならず、被控訴人主張のわらび座いちよう座合同公演川崎実行委員会なるものは、入場税の賦課を回避するための実体のない単なる名目だけの主催者に過ぎないものであることが明かである。

四  被控訴人が権利能力のない社団たることを自認するものであることは、被控訴人が自ら原告として本訴を提起したこと自体によつて明かであるばかりでなく、被控訴人が本訴の当事者たるの適格を有することは、本件記録中の民族歌舞団わらび座規約によつて明かである。従つて被控訴人が入場税の納入義務の主体たり得る権利能力のない社団としての実体を備える団体であることについても疑の余地はない。

被控訴人は、入場税法上納税義務者は個人又は法人に限られるのであつて、法人格のない被控訴人に対し入場税を課するのは租税法律主義の建前上許されない旨主張するけれども、入場税法には納税義務者を自然人又は法人に限定する趣旨の規定がないばかりでなく、同法第八条の規定による免税の適用を受ける者として同法別表の掲げる団体の中には、法人格のない団体であることを通例とする「児童、生徒又は卒業生の団体」、「学校の後援団体」「社会教育関係団体」等が挙げられており、従つて入場税法は、法人格を有しない団体であつても、入場税の納税義務者たり得ることを明定しているものと解するのが相当である。

五  当裁判所の見解は以上説明した通りであつて、控訴人のした係争の決定処分が違法であることの事由として被控訴人の主張するところは、いずれもその理由がなく、本訴請求は失当たるを免れない。

よつて右と判断を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条の規定により原判決を取消すべく、訴訟費用の負担につき同法第八十九条及第九十六条の規定を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 平賀健太 環直弥 安達昌彦)

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